記憶の森を紡ぐ旅  ~屋久島 湯泊歩道 七五岳 烏帽子岳 尾之間歩道~ 四日目







せっけんの良い香りに包まれて南風をうけとめている
ぶら下げたビニール袋には中華麺と冷え冷えの缶ビール
民家の垣根にハイビスカスやプルメリアの南国の花々があちこちと咲き誇っている
クチナシの甘いつよい香り
耳には夏虫のジージーという声
それとinner science
きらきらと光るエレクトロニカの高揚にあわせて四日間の想い出が押し寄せてくる
歩いているあいだじゅう、今までの色んな記憶がぐるぐるまわって
 仲間への感謝の気持がいっぱいになって
変わらずに側にいてくれる友達のことを、見守ってくれている人たちのことを改めてありがたいと思った
突発的に決めた屋久島の山旅だったけれども、
私はひとりきりでここまで歩いてきたけれども、
今回のトレイルは私が山を始めてからの、様々な出来事や出逢いたちが紡いでくれたように思

 だからこそ、今回はソロで歩けて良かったんだ
誰かと一緒だと楽しさは倍増するけど、
寂しさも悲しさもつらさも非力さも、
目と同じ高さにひろがる海を見て感じる達成感も
ぜんぶひとりきりのものだったから、誰かを想えた

三泊四日かけてピークを踏んだのは七五岳と烏帽子岳のみという、
地味でちょっと変わった縦走は、青い水平線に溶けあって終わることを私は知っている
両足で受け止めているのは海にむかう良く整備された車道で、
この道はもうどこにも続いていないのだけれども、
潮風に揺られていると、これからどこへだって行けるような気がした


"辛ければ辛いほどに、出合える美しい景色が、必ずあるというのが、とても人生的だ
美しい景色を見たければ、そのつらさを乗り越えろということだ
それは宗教や思想にとらわれない、
とても人間らしい、自由で正しい精神だ"

yataro matsuura







day4
蛇の口某所(6:25)~尾之間温泉(8:00)


5時にセットしていた携帯電話のアラームが鳴って、いつの間にか寝ていたことに気がつく
一晩中揺れていた月明かりはとうに無くなっていて、フライシートは均一に明るい
ご飯は二食分余っているけれどもミルクティーだけ飲んで、テントのなかを片付けた
ああ、ほんとうにこの森とサヨナラなんだと思うと、一晩中願っていた夜明けを寂しく感じた
ハイドレーションの水をすっからかんにしてバックパックに畳んで入れ、使いきりのシャンプーやボディーソープが入ったスタッフサックは取り出しやすいように上部に詰めた

苔の覆うベンチに腰をかけて、靴紐を片足ずつ縛ってゆく
朝の森では虫は飛ばない
ひんやりとした空間で、息づくのはわたしだけで、じっとしていると茂る森が無機質なものに感じられた
緑っぽい空気を胸いっぱいに吸い込んで、異様に軽く感じるバックパックを担いだ






ほんの少しの歩行時間で、私は何度も立ち止まり、何度もシャッターを切り、何度も振り返った
ほんとうに終わるの?と何度も声に出して言ってみた
終わってゆくことが、過ぎてゆくことが、今までのどの山行よりずっとずっと寂しかった
林に光のシャワーが降りそそぎ、立ち並ぶ木々に温度を感じ始める
ナメリを過ぎて、崩落地帯の高巻きを越え、亜熱帯植物の歩道へ出た
尾之間集落に響く村内アナウンスが、右手に現れた空き地のずっと先の遠くから聞こえて足を止めた
私はサンダルに履き替え、重たい登山靴を片手に持つ
ソテツやクワズイモ、ビンロウジュのトレイルを過ぎてゆくと林間から尾之間温泉の屋根瓦が見え隠れしだしたので、私は笑みが止まらなくなった
いつしか寂しさよりもやっと温泉に入れるという嬉しさの方が勝っていた
薄暗い林のトンネルの先に見える陽だまりが、目に眩しい