記憶の森を紡ぐ旅  ~屋久島 湯泊歩道 七五岳 烏帽子岳 尾之間歩道~ 三日目前半




今回取ったコースは本来なら今日中に下山できる行程なんだけれども、ゴールデンウィークまっただなかの屋久島での下山後の宿の確保が出来ずじまいなので無理矢理山中に三泊四日することにしている
時間はたっぷり残っているので三日目の朝はゆっくり過ごそうと決めていた
テントから顔を出すと、せわしなくあちこち動き回っている登山者が見える
今日も朝からよく晴れていて絶好の登山日和になるだろう


day3*part1
淀川小屋(8:50)~尾之間歩道入口(9:35)~鯛之川(12:05)



カメラを片手に淀川橋まで歩く
川のほとりにちょうど朝陽が当たる陽だまりがあったのでそこでしばらく佇んだ
暖かな光につつまれても、吐く息は白くひろがる
淀川登山口方面から続々と登山者がやってきて、皆が皆、笑顔を見せながらおだやかな河にかかる橋を渡って通り過ぎてゆく
私はテントに一旦帰って朝食のための準備をして再び同じ場所に戻ってきた
アルコールバーナーでお湯を作って、朝陽を浴びながらかぼす紅茶を飲み、それから明太子のクスクスとうずらの卵の薫製を食べた
昨日は玄米をめし袋で炊いて失敗し、心がへこんだので、残りの食事の主食はすべてクスクスにした
味には正直飽きちゃうけれども、ソロだと食事にこだわる理由も見つからないのでライトアンドファストで良いな
ヘリみたいなところに座って足をぶらぶらさせながら食後のコーヒーも飲んで、通り過ぎる登山者たちを横目にほんとうにゆっくりまったりとした朝の時間を過ごした
登山者はほとんどがガイド付きで、団体にはガイド証を首からぶら下げた男性が必ずいたし、二人ほどの小パーティーも大抵ガイド付きで、様々な説明やアドバイスを何度も耳にした
そのうちの少人数パーティーが私の隣で休憩をとろうとヘリに腰を掛けた
そのグループのガイドさんがお湯を沸かしながら「幼少の頃に親から淀川に連れてこられたとき、海外の女性が素っ裸で泳いでいて衝撃的だった」という思い出話をされたので私も一緒になって笑ってしまった
あとはマニアックなところにしか連れて行かないという変わったガイドさんから「ひとりですか」と声をかけられ、接客そっちのけで「湯泊を通ったんだったら、次はあの道に行くべきだ、あの山に行くべきだ」等と色々な情報を聞かせていただく
そして私が今夜は蛇の口のあずまやでビバークする予定だということを言うと、「きっと見つけられると思うから」と彼のとっておきの幕営ポイントまでも教えてくださった

淀川を過ぎてゆく登山者と行き交うかたちでテント場まで戻ると、テントの数がもう二、三張りしか残っていなかった
テントの中のこまごまとしたものを十分ちょっとかけて片付けてから外に出たところ、ほかのテントはすべて撤収されていてとうとう広場には私のテントがポツンとあるだけになった
登ってゆく登山者もピークを過ぎて、淀川小屋前は閑散としていた



パッキングを終えてさあ歩き出そうかと言った頃にはもう誰もいなくなっていて、がらんどうだった
今日中に温泉で汗を流せないことはすごく残念だけれども、時間を贅沢に使っていると混雑期だとしても静かな空間に出逢え、淀川も人が居ないと静かで良いなあと思えるのでこころはホクホクしていた
登山口までのゆるやかな散歩道も誰にも逢わず、半袖のウエアから伸びる両腕を朝のひんやりとした空気にさらしながらのんびりとしたペースで歩いた

コースタイム通りに淀川登山口に着いた
車道脇にはたくさんの車が泊まっているけれども人はひとりもいない
日に照らされた白飛びの車道を横切って私はまた初めての登山道へ足を踏み入れた
尾之間歩道は尾之間の集落まで繋がる登山道で一年前に下から登ったことがある
そのときは天候が崩れて地図にも載っていないような小川が増水し、とてもじゃないけど渡れそうもなく行く手を阻まれ、標高900メートルくらいで泣く泣く引き返したという、ずっと心残りのままだったルートだ
せっかく稼いだ高度を落として引き返したところ、行きは渡れた沢が濁流となっていて進退窮まり、雷雨のなか蛇の口の東屋でビバークした
それがトラウマになったのか梅雨なんかに冠水するほどの大雨が降ったときに、道路の用水路がごぉうごぉうと爆音を響かせながらありえないスピードで流れてゆくのを見ると、必ずこの日のことを思い出す
その印象強く記憶に残る森を一年経ってやっと紡ぐことができるんだと、尾之間歩道の登山口でひとり気持ちが引き締まる思いでいた

尾之間歩道はしっかりとした踏み跡があり、テープも道標も多数で、頭をからっぽにして歩くことが出来た
ゆっくり過ごした朝の延長線で私の気持ちはゆるみっぱなし
脳内はすっかりチルアウト
安らぎに満ちた森を進みながらFunnelのEndless Milesを聴く
ずっとこのままこの幸せな道を歩けたらいいのに
何日でも何週間でも
つぎからつぎへと変わってゆく植生を楽しみながら静かなハイキングを楽しんだ
乃木尾根に出ると空が開け、にょきにょきと出ている白骨林の群れから鈴岳と南の海が見えた
やさしい風がほてったからだを包んでくれる 
開放的な景色を目の前にしてなぜだかちょっぴり涙腺がゆるむ
杉の赤ちゃんが植林されている湿地を通り過ぎてどんどん南下してゆくと、次第に沢の音が聴こえはじめた
いくつかの渡渉ポイントを過ぎ河幅の広い「鯛の川」に辿りついた
増水すると一気に難所になるこの場所は、きっと尾之間歩道の大きなポイントのひとつだろう
太陽の光に当たって岩はつやつやと黒光りして、沢水はキラキラと目に眩しい
川は水量が少なかったけれどもより浅瀬のほうを探して少し上流から渡渉した
あっけなく渡渉し終わると、それからまた深い森のなかへとずんずんと入っていった











三日目後半につづく