記憶の森を紡ぐ旅  ~屋久島 湯泊歩道 七五岳 烏帽子岳 尾之間歩道~ 二日目後半





モミの木の球果があちらこちら獣のフンみたいにコロコロと落ちている
倒木や生い茂る潅木が行く手を阻み、ゆたかな苔は登山者に荒らされることなくトレイル上に生えていて、
気を抜くといつでも迷えそうだ
歩き進めるほどにピンクテープが少なくなってゆく森のなか、
澄ます耳が、据える眼が、触れる指が、どんどん敏感になって、
こころはずっとずっと空白になってゆく

ipodで昨日のdozzyの続きを、
もっと森深くなれる



day2*part2
三能小屋跡(9:40)~岩屋(11:40)~デー太郎岩屋(13:20)~栗生分岐(14:45)~花之江河(14:48)~ 黒味岳手前観測所小ピーク(15:30)~花之江河(15:55)~淀川小屋(16:45)テント泊

湯泊登山道を撮影したもの 苔がびっしりと木の根元を這う 登山者に荒らされていない証 まるで緑の海を泳いでいるみたいだ

ミノ小屋跡を過ぎるといくつもの沢に合ったので、すっからかんになったハイドレーションをまんたんにしたり、沢水にタオルをさらし、汗ばむからだを拭きあげたりした
昨日よりは登山道の傾斜はゆるいが、反対にテープもふみあとも断然に少なくなってゆき、慎重にルートファインディングをしながらハイクアップした
熱烈なルートファインディングをしながら、倒木や崩落箇所や潅木をあくせく進む
ブッシュを掻き分けたり、地面に這いつくばったり、クライミングの要領で崩落を越えたり、とにかく冒険に満ち溢れた世界
うっすらと浮き上がってくる行き先を、ほとんど感覚のようなものでつかめるようになると、ぐんぐんとスピードが上がった
アドレナリンが出て興奮が収まらない一方で、感覚は鋭くなっていったし、思考はずっと冷静だった
森と一体になってゆくようなこの時間が楽しくて楽しくて仕方が無かった
それでも急にぱたりと道が終わった時は、一番最近見たテープまで慎重に戻り、ふたたび道を感じ取って、「でもやっぱりこの道しかないなあ」と道なき道をおそるおそる進んでゆくとやっと次のテープや丸太に刻まれたステップが見つかり、ほっと溜息をつくとゆうような感じだった
デー太郎岩屋付近まではほとんどそういった状態だった

バックパック上部につけていたULPadはもう酷くズタボロになってしまった
今回は特に何も考えずにheavydutyPackにしたけれども、もしもULPackを持って行っていたらメッシュポケットはもとよりリップストップナイロンですら引き裂かれてしまっただろうなと、潅木帯にからだじゅうを挟まれながらゾッとする思いだった
長袖とタイツで露出を避けていたけれども、それでもあちこちに擦り傷ができた
花之江河にある栗生・湯泊歩道への侵入を抑制するロープの意味を深く理解した

小屋跡を出発して三時間後、デー太郎岩屋と書かれた看板が置かれている広場に着いた
岩屋らしいものは見当たらなかったけれども、ちょうどそこに陽だまりが出来ていたので日光浴をしながら休憩を取ることにした
私はおにぎりを頬張った
鹿児島のコンビニで買ったものを4個詰めてきていたが、これが最後のひとつだ
味わうようにゆっくり食べながら、動き回っているうちに右の太ももの関節の痛みがすっかり取れていることに気がついてほっとした
食べ終わったら急に睡魔が襲ってきて、バックパックを枕代わりにしてそのまま横になった
尖らせた神経がゆるゆると溶けてゆき、もうこれ以上歩けませんといった気分になり、このままここでビバークしたい衝動に駆られる
30分ほど広場で呆けてから、背中に生えた根っこを抜き、なんとか立ち上がった



ゆるやかな登山道を南西に抜けてゆく
いつのまにかルーファイの必要の無いほど道筋は明瞭になっていた
先ほどまでの冒険を楽しむ高揚と尖らせた神経、次なる道への意欲的な目はすっかりどこかへ消えてしまい、からだが前にうまく進まない
今までがほとんど無休憩だった反動か、何度もザックを下ろしてひと呼吸もふた呼吸も置いた
だらっとした雰囲気で目の前に差し出される木漏れ日の道を行く

 
ところどころで空が開ける
東側に綺麗な円錐の山容が見えたので、山座同定してみるとシンボルマークのトーフ岩がよく分からないけれども、それは高盤岳に違いなかった
地形図を指で追い、私の現在地に気がつき、頭のなかが急に鮮明になった
胸が張り裂けてしまいそうな気分のまま南へ小走りした
左手に木製の立派な道標が見えた
栗生歩道との合流点だった
私は興奮しきって「スゴイ、スゴイ」と声に出して言った
眺望のきかない森を漂いながらも、地道に正直に歩いてゆけば、道は繋がるんだと、そんなアタリマエのことをなんてスゴイことなんだろうと思って気持ちが溢れる
ここまでが延々と長く、キツク、寂れた道のりだった
行く先にはしっかりと整備された木道が続いている
進入抑制のピンク色のロープをくぐって、花之江河へ出た
ほんとうに着いてしまったんだ

花之江河へ出るとそこはたくさんのハイカーで溢れていて、ああ、そういえばGWなんだと、思い知らされた
ロープを越えて出てきた私を見て、おじさんおばさんグループから「道に迷ったの?かわいそうに…」と言われる
慌てて湯泊から来たんですと返事をするとよく分からないといった不思議そうな顔で返された
五月晴れの下、多くの登山者が木道で団欒していて、花之江河はゆるやかな時間が流れていた
ひとりきりでなんだか場違いなかんじがして急に恥ずかしくなり、奥のほうへと逃げ込んだ
バックパックを石塚分岐の標識の下におろす
ハイカーがどんどんどんどん行き交う
せっかくなので黒味岳くらいは登っておこうと思いたち、ハイドレーションの水を確認するともう500mlも残っていなかった
VAAMを溶かしてぐびっと飲み、200mlのマグボトルに残りの水を注いで、サコッシュに入れた
バックパックをデポしたまま、宮之浦岳方面へ向う
重荷から開放され急に軽くなったからだからはパワーが満ち溢れ、どんどん前に進んでゆける
背中に羽が生えちゃったみたい
だけれども宮之浦岳からおりてくる登山者のあまりの数の多さにぞっとし、急に吐き気がしてきた
人酔いしながらもなんとか黒味分岐まで進んだ
黒味までの急坂を少し駆けると左手の森がひらけ、南の稜線が見えた
ここで急に黒味のピークを踏むのがいやらしく感じて、手前の小ピークへ登ってみることにした 
ちょうどアンテナの立つ観測所っぽい場所があって、そこまでの踏み跡を辿る
ピークへつくと、宮之浦岳と永田岳が目に飛び込んできた
黒味山頂の岩場に人のシルエットがひとつふたつ見えた
そして、南側にはどんなピークよりも尖っている七五岳のシルエットが遠くに確認できた
私が歩いてきた森を目で辿る
今回の山行の最高地点の名も無き場所から山頂を見下ろしていることが不思議に感じたけれども、こういうことこそが私の縦走のテーマであり、三年半の短い登山歴の集大成に繋がることなんだと思うと、頬をかすめるやわらかな風を気持ちよく感じれた

 
 

 

花之江河に戻ってから重いバックパックをふたたび担いで、
ツアー客の団体の群れにつかまらないように淀川小屋までのゆるやかな坂をどんどん駆け下りた
ルーファイの必要の無い道を歩けることはどんなに快適なことかと思う 何も考えずにテープを追うことも無くブッシュに体を挟まれること無く進めることに、大きな開放感を覚えた
小屋につくと想像していた以上にテントは少なかったけれども、それでも小屋前のスペースはほとんど埋まっていたので離れたところに幕営した

小屋のテラスでは湯泊林道で逢ったIさんがすっかりくつろいだ様子で座っている
湯泊歩道に対するホットな気持ちをIさんに話す ソロ山行だったのにこういうふうに気持ちを共有できるのはとても嬉しい
Iさんからいただいたウィスキーがどんなに美味しかったことか
そして三年ほど前に五竜岳山荘でみかけたNさんが偶然いたので大変驚いた
彼女は初めての屋久島だし、私は急遽決めた山行だったうえ、ほんとうなら混雑の予想される淀川は避けて二泊目もビバーク予定だったのでとんでもない確率で出逢ってしまった 屋久島では不思議な出逢いが良く起こります
食事をとりながらそこに集まるハイカーと談笑し、それぞれの山のスタイルを聞かせていただき、ほかの山域の情報で盛り上がった
そして19時ごろに宴もたけなわ、寝床に戻った
クタクタに疲れていたし、気持ちもリラックスしていたし、今日はたっぷり眠れるだろうと思ったけれども、結局眠りにつけたのは朝方で、とても長い夜を過ごした
五時頃、一気に空気が縮こまったのを感じて身震いし、その放射冷却から屋久島の山々が美しい朝焼けを纏う様子を想像した




三日目に続く