記憶の森を紡ぐ旅 ~屋久島 湯泊歩道 七五岳 烏帽子岳 尾之間歩道~ 一日目



















プロローグ
仕事が終わって三時間でパッキングを済ませ、鹿児島行きの最終新幹線に飛び乗る
三月に計画倒れしていたルートを実行する機会に恵まれ、急遽、単独で屋久島へ渡ることになった
快晴の屋久島に到着後、路線バスに揺られ、湯泊の集落まで移動する
運転手さんが流れゆく景色に合わせてマイク越しにとめどなく色んな話をしてくださる
今日から一週間は天気に恵まれそうだとのこと 
ところで私が湯泊歩道を歩くことを知った運転手さんは「管理局が通行止めにしてると思うから、電話をしてみたほうが良いよ」とアドバイスしてきた
たぶんそれは車止めゲートのことだよねと心のなかでつっこみつつ、とりあえず「はい」と素直に答えて湯泊バス停に降りた
湯泊に入る前にバスは私の山行の下山口である尾之間温泉前を過ぎた
四日後の私は無事にここにおりてこれるのかななんて車窓からぼうっと考えていた






day1
湯泊林道(12:00)~車止めゲート(13:13)~湯泊歩道登山口(15:13)~七五岳分岐(18:00)ビバーク




五月晴れの空の下、道路のアスファルトがじりじりと焼けて熱気が足元からあがってくるように感じる
ただ、空気がまだ残春のそれで、熱を帯びたからだに心地よい風を送ってくれてありがたかった
早速林道に取り付こうと、三泊四日分の荷物が入ったずっしりとしたバックパックを担いで歩き出した
郵便局からスグのわき道で右往左往していると、同じく単独っぽいハイカーがこちらに向ってきた
もしやこの方も湯泊歩道を歩かれるのかしら~なんて思って声をかけてみるとやっぱりそうだった






彼に道順をアドバイスしていただきながら、林道のしんどい坂を登ってゆく
歩きながらぽつりぽつりと彼とお話をする
屋久島は十回目というヤクマスターの彼(Iさん)は行程が私と同じで下山路は尾之間歩道を下るらしい
非常に地味でマイナーなうえにゼロtoゼロの体力勝負なルートを同じ日程で選ぶ方が他に居るなんてと、奇遇すぎてかなりびっくりしてしまった
そんなIさんとは抜きつ抜かれつつしていたけれども車止めゲートを越えた辺りで離れ離れになり、結局湯泊歩道で再会することはなかった
もとより、花之江河まで誰にも逢うことが無かった
ただ、林道の途中では、下山している山岳部っぽい若者パーティーとだけすれ違う
相当ハードだったのか憔悴しきった表情が印象的だった
すれ違ったあとに、一瞬、獣っぽい匂いがした
四日後の私もそんな匂いになってるんだろうなと汗をかきつつ黙々と進んだ






湯泊集落から歩きつづけて三時間後、やっと登山道入口に到着した
久しぶりの重荷と足裏に硬い林道の登りのせいか、右太ももの付け根の関節がズンズンと痛む
この痛みはまずいなあと思い、バックパックに付けているストックを外して両手に持った
息を整えて、山に向って深々と一礼して湯泊歩道に入ってゆく
というのも遭難の二文字でノートリアスな湯泊歩道を単独で入ることに緊張していたからだと思う
そして山岳信仰が根強い山を女性一人きりで登ることにも大いに引け目を感じていた


森に入る
昼下がりの静かな登山道に斜陽が差す
ipodからはdozzyのmnmlsetが小音量で流れている
森に充満する鳥のさえずり声がアンビエントに混ざって浮かぶ音が耳に美しい
時折、空気を切り裂くような猿の鮮烈な鳴き声も響いた 
登山道は標識がまったくないもののピンクテープだけはたくさん点在し、踏み跡も明瞭で道の状態は良い
湯泊歩道の下部の森の雰囲気としては花山歩道と良く似ている印象だった
ただ、登山道上にふかふかの苔が乗っていたりして、この歩道を通る人の少なさを感じた
勾配はとてもキツイが、ルートの分かり易さに拍子抜けしつつ、ゆっくりとゆっくりと歩を進めていった
ただ、右太ももの関節の調子がすこぶる悪く、踏み込むと鈍痛が走る
しまいには岩場を乗り上げる時なんか腕を使って足を上げなければいけないほどに悪化していた…とても情けないうえ、これからの長い行程が思いやられる
かなり急峻な登りをひーひー言いながらひたすら進んでゆく
初日から標高1,400メートルを稼ぐつらさを身をもって思い知る








事前に調べていた情報によると幕営適切地は二箇所有り、ひとつは池のほとりと、七五岳分岐付近の三能小屋跡のようだった
どこに泊まろうと考えているうちに池のほとりに着いてしまった
登山口を起点として七五岳分岐との中間地点くらいだったか、とにかく想像以上にすぐ着いてしまった
日暮れが近づいてきたし、あいかわらずの亀さん歩行速度だけれども、登山道が明瞭なのでこれならヘッデンがあれば歩けるなと思い、三能小屋跡まで足を伸ばすことにした
だんだんと尾根っぽい山道になり、風がビュービューと吹きぬけてゆく
見上げるといつのまにか空にはガスがかかっていた もしかしたら夕焼けの七五岳に行けるかもしれないと目論んでいたけれどもその希望はあっけなく潰えた
標識もランドマークも何も無い樹林帯なので、現在地を知りたいがためにしつこいくらいに地図と高度計とコンパスを触っていたら、なんだかそろそろ七五岳分岐に近づいてきた感じが見て取れた うう!早くからだを休めたいです…
勾配が緩やかになり、歩くスピードを上げたとたん、登山道脇に白っぽい標識が見えた「七五岳分岐」と雑に書いてある質素な案内看板だった
湯泊登山道に入って初めての標識然としたものを見た気がする
私はすぐさま重たいバックパックをどすんとおろし、三能小屋跡を探してみるけれども、見あたらない
FieldAccessを立ち上げて1/25,000の地図で詳細に見て、山と高原地図に記載されてあるポイントへ足を運んだけれども小屋跡っぽいものは無い
(思うに、山と高原地図の間違い、七五と烏帽子分岐を十字路に見立てたとき昭文社地図では南西に位置していたけれども実際は北東の烏帽子分岐路に在った)
とまあ、山舎跡は見つからないけども七五岳分岐の尾根上の森は平地になっていたので、適地を選び、そのまま幕営することにした
風が吹き抜けるので倒木を風除けにしてさくっと設置
ここの木々に隠れるような幕営地は、まるで秘密基地っぽくて気に入った
今更だけれども私はとても臆病者で、ひとりで眠るなんて怖くて考えられないって思っていたけれども(三月の山行が計画倒れした要因もだいたいがソレ)、いざ屋久島の森に入ってみると、鬱蒼としたところでもなんだか雰囲気が明るくて、怖さを感じなかった 
私の勝手なものさしで、どうしても大崩山の谷のおどろおどろしい森と比較してしまうので、屋久島の森はどんなに崩れていたとしても寂しい場所だとしてもポップに感じる
屋久島は陽で大崩は陰、エピックハウスとダークアンビエントくらい違う気がする
ここがもし金山谷の森のなかだったら泣きべそをかいていると思うな~なんて考えるとひとりぼっちでも気が楽になった
テントに入り、全身をシャワーシートで拭き、寝巻き兼、防寒着兼、下山後のための服に着替える
疲れすぎているのかお腹が空いていなかったけれども、鹿児島で買った天丼弁当を半分だけ無理矢理食べて、Rさんからいただいたくろめスープをお湯で溶いてとろとろの喉ごしを味わいながら飲む
ご飯を食べたらもう何もやることがなくなって、おしゃべりする相手もいないから、そそくさとシュラフにもぐりこんでラムレーズン酒をお湯で割ったものをふうふう言いながらちびちびと一杯だけ飲んだ
いつの間にかヘッドライトがないと何も見えないくらいに暗くなっていた
下半身の筋肉もうずいているし、久しぶりのソロテント泊で緊張していてなかなか休まらない頭のなかのこともあり、まったく眠れる様子も無いので一錠だけ持ってきていた睡眠導入剤を飲む
風の音がびゅーびゅーとうるさいので耳栓を両耳にはめた
シュラフは夏用、サーモインナーとカバーをつけ、レイン上下を着ていても、標高1,400メートルの夜は私には寒かったので、エマージェンシーキットに入れてあった足裏カイロを取り出して、靴下の上から貼ってみた
じんわりとした暖かさを心地よく思いながら30分くらいごろごろしていたら、いつのまにか眠っていた
真夜中に二度、目を覚ましたけれども、その度にまだまだ寝ていたいよとぐうぐうと朝まで眠り続けた
この晩は色んな夢を見た気がする








二日目に続く






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link:七五岳(1488m)・烏帽子岳(1614m)


十年前くらいの記述っぽいけれども、なかなか入手できない湯泊の詳しい情報をこちらのホームページで事前にチェックでき、大変助かりました